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若狭のナレズシ

多比鮓
 奈良の平城宮跡から出土した木簡には、若狭から送られた付札が多く含まれているが、
その一つに、「若狭国遠敷郡青里御贄多比鮓壹隔」というのがある。
これは明らかに、若狭の海で獲れた「鯛」の「鮓」を、「御贄」すなわち天皇の食料として、
都へ送ったことを実証するものであろう。
この「鮓」は、二世紀末から三世紀初めのころ、
後漢の劉煕によって書かれた訓語字書「釈名」の中に、
「鮓ハ菹ナリ、塩米ヲ以テ魚ヲ醸シ、以テ菹ト為シ、熟レテ之ヲ食フナリ」と
あるのが初見とされている。
これによって、塩と米を用いて魚を発酵させ漬物にしたものが、
本来の「鮓」であったことがわかる。

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